組み込み技術者のためのユーザビリティ基礎講座

1. 高まるユーザビリティの重要性

「仕事の効率を求めて最新型のオールインワンプリンターを購入後、セットアップ後、FAXが起動せず、接続した電話もつながらなくなる。外線の設定が必要と思いたち、マニュアルから設定方法を探すが、項目がなかなか見つけられず、やっと見つけて、設定しようと思い立つが、図1のような機能メニューに対する操作系から、どうやって、設定方法に辿れば良いかわからない。研究室内のスタッフ4人がかりで試行錯誤の末、回線種別の自動設定をマニュアル設定するところまで行くことができたが、その後が進めない。結局、FAX機能を諦め、前のFAXを持って来る。オールインワンで、スペースが確保できるはずが、さらに、スペースが無くなってしまう。2時間の格闘の末、スタッフ全員で、『もうここから買うのは止めましょう』という合意に達した。」

 

図1

図1:ユーザインタフェースの制約による複雑な操作

 

似たような経験をお持ちの方は少ないであろう。これは、まさにユーザビリティの問題である。ユーザビリティは、幅広い意味で「使いやすさ」を表す言葉である。このケースの場合、開発管理上、ユーザインタフェースに対するコストが充分に配分されなかったことも考えられるが、ユーザビリティを軽視した結果、ユーザが離れて行くシナリオは自然である。この例に違わず、出荷後、顧客相談室へのユーザから多くのクレームを受け、さらに、その対応に間に合わず、結果として、製品を回収した事態に及ぶこともある。回収に至らなくとも、全く売れず、在庫の山を築くことになる。このような場合は、開発の失敗だけでなく、市場からの信頼を大きく失いかねない。そういった企業の製品は、もう購入したくないと思うのは正直な心情である。このような場合、開発責任者が責任をとり、左遷されたり、退職に追い込まれることもありうる。目に見える不具合と同様に、ユーザビリティの問題は、深刻な結果につながることもありえるようになってきている。

 

実際に、ユーザビリティの向上を自社の製品開発に取り組もうとする認識は、1999年にISO 13407 Human-centred design processes for interactive systems(JIS Z 8530インタラクティブシステムの人間中心設計過程)が規格化されて以来、高まりつつあるのも事実である。使いやすさを実現するための方法は、「人間中心設計」と言われるが、この後、様々な企業では試行錯誤の中、具体的な効果を表す企業も出ている。2002年の経済産業省の『人間生活指向型製品の製造・販売に係る経済的効果等に関する調査研究』によれば、「使いやすい」と消費者が認めた製品は、企業予測の30%を超えた売り上げがあったとことが報告されている。例えば、オムロン社のV7自動券売機は徹底したユーザビリティを重視した設計の結果、営業成果に結びついたと言われている(図2)。先進的にユーザビリティ活動に取り組んできた日本IBMでは、ThinkPadやホームページビルダーの開発へユーザセンタード・デザインを適用することによってシェアを売り上げに貢献していることを広報している。

 

図2

図2:ユーザビリティ評価&開発事例「オムロン株式会社 V7自動券売機」

鱗原晴彦:文部科学省知的クラスタ創成事業「ソフトウェア技術者のためのユーザビリティ工学講習会テキスト『ユーザビリティ評価』」(財)北海道科学技術総合振興センター

 

このように、ユーザビリティの向上に対する有効性が明らかになる中で、人間中心設計への取り組みは、製品開発上で、重要な課題となりつつある。この製品のユーザビリティ課題は、ユーザの観点から段階的に分けることができる(図3)。不良品は論外として、潜在的な使いにくさに不満を感じつつも使っている段階から、戸惑わずに自然に利用できる段階。技術の発展に伴って、様々に便利な機能が増えた結果、逆に、操作が複雑になってしまうという、組込みシステムがかかえる、宿命とも言える課題を、どうクリアするかが第一の課題である。次に、この課題を経て、ユーザが、その製品の利用に対して、強い思い入れを感じるために、どうするかという課題がある。ユーザが「これがあって良かった」、「何て便利なんだろう」、「手放せない」、「知り合いに勧めたい」、というような感情を抱いてくれるようなものを作り出すことになる。最近では、満足度の高いユーザ経験をどのように設計するか、という表現が使われることもある。

 

図3

図3:ユーザから見た品質の段階

 

このような製品を開発するようになるまでには、実際の製品開発の取り組みの段階から、組織的な制度を整備する段階まで、様々なアプローチが必要になってくる。今回の『組み込み技術者のためのユーザビリティ基礎講座』では、組織の状態がどのようであれ、まず、技術者個人から取り組むことができるユーザインタフェース設計のための基本原則について、シリーズで特集してゆく。初回の今回は、インタフェース設計のための、ユーザビリティの基本的な設計指針について概説してゆきたいと思う。

 

2. ユーザビリティを高めるための基本的な考え方 −ユーザビリティ・デザインガイドライン−

製品のユーザビリティを高めるために、どのようにユーザインタフェースを設計すれば良いのかを編集したものを、ユーザビリティ・デザインガイドラインという。これらは、経験則を初めとして、関連する研究領域の成果を元に編集されている。関連する研究領域としては、人間工学、心理学、生理学、認知科学、社会学、人類学、民俗学など人間研究に関するあらゆる領域が含まれる。最新の研究成果によって、新たな知見に基づくガイドラインが追加されている。しかしながら、ユーザビリティ研究が始まってから、30年以上の年月が経た今、基本的な設計指針がまとめられている。

 

ここでは、ユーザビリティに関する基本的な指針として、ISO9241-10 (JIS Z 8520 人間工学‐視覚表示装置を用いるオフィス作業‐対話の原則)を紹介する。この規格では、システムとユーザとのインタラクションをユーザに適切に設計するための指針として、次の7つの原則を示している。

 
  • 2-1. タスクへの適合性
  • 2-2. 自己記述性
  • 2-3. 可制御性
  • 2-4. 利用者の期待への合致
  • 2-5. 誤りに対しての許容度
  • 2-6. 個別化への適合性
  • 2-7. 学習への適合性
 

原則を表す言葉が、規格で使われる表現のために、一般的でないものも多い。デジタルカメラを例にしながら、それぞれについて簡単な説明をしてゆく。

 

2-1. タスクへの適合性:ユーザがタスクを効果的かつ効率的に行うことを助けなければならない。

 

デジタルカメラを利用する際に、ユーザが頻繁に利用するタスクに合わせて、操作ができるようになっていることを指している。例えば、観光地でフレッシュが禁止される場所で多く利用する場合は、フラッシュの変更などの設定は、即座に変更できるように設計する必要がある。

 

ユーザのタスクに適合させるためには、設計者はユーザのタスクを理解する必要があり、事前にユーザタスクを分析していることが必要になる。ここで言うタスクとは、ユーザの目的を達成するために必要な行動を指している。システムを操作するための手順ではない。このタスクを明確にして、タスクに適合するように操作方法を設計するということである。最も重要かつ基本的な設計指針である。

 

2-2. 自己記述性:ユーザはシステム側からのフィードバックによってから、システムの状態をすぐに理解できなければならない。また、ユーザからの問い合わせに応じて、適切に説明しなければならない。

 

例えば、デジタルカメラを撮影している時に、その時の画質やプリントサイズが何であるかがわかるように画面に表示されることによって、ユーザは撮影状況に応じて、撮影条件を変更しやすい。

 

このように、システムがユーザに求めていることや、ユーザが何を操作しているかが何であるのかをユーザ側が即座に理解できるように、画面デザインや操作部分を設計することを求めているものである。

 

2-3. 可制御性:ユーザが目標に到達するまでに、ユーザがシステム操作の主導権を持ち、次の操作をどうするか、操作のスピードなどをユーザが制御できなければならない。

 

デジタルカメラの機能設定している時など、もう一度、最初から遡って設定し直したいと思うことがある。そういった時に、設定いちいち逆に辿るのではなく、すぐに、設定メニューの先頭にいつでも行けるようになっている方が良い。

 

ユーザがシステム操作に対して、常に制御権を持っているということは、当然のような原則であるが、実際は難しい場合が少なくない。操作の途中から操作方法がわからなくなったり、途中で作業を中断しなければならなくなることがある。その場合の対応ができるように設計されていることが典型的な例である。

 

2-4. ユーザの期待への適合:対象となるユーザのタスクについての理解度、教育レベル、経験度、常識などと矛盾がないように対応できなければならない。

 

操作や表示の一貫性を確保することは重要な指針である。デジタルカメラであれば、撮影時と再生時のメニューの選択・決定などの操作法が同じでなければならない。

 

ユーザがシステムを利用する際には、頭の中で、自分なりの利用の仕方を想定している。この想定に合わせて、操作全体を構成する必要がある。これによって、ユーザが操作の開始時、または操作途中で迷うことを少なくすることができる。

 

2-5. 誤りに対する許容度:ユーザがたとえ誤って入力をしても、最小の修正作業か、修正作業なしで、意図した結果に達成することができなければならない。

 

デジタルカメラで、一度、撮影画像を消去してしまうと回復ができないため、撮影画像を消去する場合の確認などがこの例にあたる。

 

ユーザの誤りに対しては、基本的なアプローチがある。まずは、誤って操作しないように前述の1から4の原則を踏まえて設計することである。さらに、決定的な誤りをしないよう設計されていることが必要になる。これは、安全性に関わるものであれば、入念にチェックが必要である。もし、操作を間違えたとしても、可能な限り復旧できるようにすることである。もし、復旧ができない操作がある場合は、必ず、確認手段を設ける必要がある。

 

2-6. 個別化に対する適合性:様々なユーザのタスクへの必要性、嗜好、熟練度などに適合できるようにシステムをカスタマイズできるようにすべきである。

 

デジタルカメラを使うユーザであれば、初めて利用するユーザであっても、少なくとも撮影と再生ができるようにすべきであることと、同時に、絞りやホワイトバランスなどの上級者の設定をマニュアルでも設定できるように配慮することなどがある。

 

初めて操作するユーザから操作に習熟したユーザまでを考慮した操作方法を準備する必要がある。例えば、初心者への対応としては、基本的な操作ができるようにすることや、熟練者の場合には、自分がカスタマイズした設定値を記憶し呼び出せるようにすることなどがある。また、様々な障害を持つユーザの利用へも配慮した設計が必要である。

 

一方、カスタマイズは、ユーザ設定の自由度を無制限にするものではなく、安全性や公共の福祉などを考慮した上でのレベル設定することが必要になる。

 

2-7. 学習への適合性:ユーザがシステムの使い方を学習することを支援し、誘導すべきである。

 

デジタルカメラのシーン設定機能を使うことによって、Autoで撮影するよりもどんな効果があるのかを、使いながら理解できるようにガイドされていることを例にあげることができる。

 

人間にとって、本来、学習してゆく過程は楽しいものであり、適切に設計されていると、利用するうちに、ユーザが手放せないものとなる。この学習を進めることを促進するように設計方法は、未だ明確になっているとは言えないが、少なくとも、ユーザが嫌な思いをしないこと、用語をわかりやすくすること、ユーザが覚えることが多くならないようにすることなどの条件は整備する必要がある。また、システムの機能を覚えることによって、将来的にどんなことができるようになるのかを把握しやすいことも重要である。

 

以上の設計原則に関わる特に重要なキーワードとしては、一貫性、わかりやすさ、フィードバックがある。これらについては、このシリーズを通じて、詳細に解説される予定であるので、そこで深めていただければと期待している。

 

このISO9241-10以外にも、設計ガイドラインの参考となるISOやJISの規格は多くある。この中から人間工学関連で、ユーザインタフェースに関連する規格を表1に整理した。また、著作物としては、日本人間工学会アーゴデザイン部会が編集した『GUIデザイン・ガイドブック』が資料として充実している。しかしながら、欧米の資料に比べると圧倒的に少ないと言わざるをえない状況にあるのは残念なことである。

 
ISO タイトル
ISO 9241 人間工学−視覚表示装置を用いるオフィス作業 シリーズ
第10部 対話の原則、第11部 使用性の手引、第12部 情報の提示、第13部 利用者案内、第14部 メニュー対話、第15部 コマンド対話、第16部 直接操作対話、第17部 フォームフィリング対話
ISO 9251-151 ワールドワイドウェブのユーザインタフェースの人間工学設計
ISO 9241-20 情報通信機器とサービスのアクセシビリティガイドライン:共通指針
ISO 14915 マルチメディアユーザインタフェースの設計
第1部 序論とフレームワーク
第2部 マルチメディアにおけるコントロールとナビゲーション
第3部 メディアの選定とメディアの結合
ISO 16071 人間とコンピュータのインタフェースのアクセシビリティ指針
 

表1:ユーザインタフェースデザインに関連する規格

 

3. デザインガイドラインを管理する

3-1. デザインガイドラインの編集

 

以上のような設計原則を設計へ応用することによって、ユーザインタフェースの改善につなげることができる。ただし、実際の設計に適用するには、それぞれの設計対象に合わせて設計原則を編集する必要がある。これが、前述のデザインガイドラインになる。

 

デザインガイドラインは、開発関係者の中で共有することによって、プロジェクト内、あるいは、関連事業内で、一貫したユーザインタフェースを保証することができる。このユーザインタフェースの一貫性を保証することがデザインガイドラインの最大の効用である。同じ製品シリーズであるのに、ユーザインタフェースが一貫していない場合は、ユーザにとっては、大きな負担を強いることになる。ガイドラインは、これを避けるための有効な手段になるわけである。同時に、ガイドラインを適切に編集すれば、ユーザビリティに関する知識の共有や学習も進めることができ、設計者のスキルアップを支援することもできる。

 

ただし、ガイドラインを編集するには、一般的なガイドラインをそのまま流用することは難しい。一口にガイドラインと言っても、表2のように、内容の詳細さから大きく3段階に分けることができる。


種別 記述抽象度 利用頻度 要求スキル 開発コスト
設計指針 広く一般的
デザインガイド やや具体的
スタイルガイド
デザインテンプレート
具体的
 

表2:ガイドラインの種別

 

まず、一般的な設計指針。これは、前述のISOのような設計原則を指す。多くとも10個程度の少ないものである。これを直接設計に適用するには、相当の経験を必要とする。そのため、そのまま、実際の開発プロジェクトへ利用することは難しい。ガイドラインを開発に適用するには、対象となる事業ごとにデザインガイドラインを編集し、プロジェクトごとに活用できるようにすることになる。例えば、デジタルカメラであれば、撮影の基本手続き、デフォルト値の扱い、画像の消去の仕方など、操作に関わる基本ルールを設定する。これがデザインガイドラインである。

 

これをさらに詳細化し、具体的な操作ステップ、操作部分の形状、画面デザイン、アイコンの形状といったように、内容をそのまま適用できるようになったものが、スタイルガイドやデザインテンプレートと呼ばれる。

 

3-2. ガイドラインアプローチのマネージメント

 

このようなガイドラインの編集を製品開発毎に行うことは非常に非効率であるため、効率的なガイドラインの管理方法が必要になる。図4は、組織的にユーザインタフェースのデザインガイドラインを管理する方法を記述している。この方式によれば、プロジェクトの基になるユーザインタフェース設計ルールを編集し、個別ケースを参考にしながら、『ルール』を再編し、デザインガイドやテンプレートを提供することになる。ここでの『ルール』とは、前述のユーザビリティの設計原則に加え、デザインの一貫性確保、作業の効率化、将来の更新への対応を念頭においた、操作作法、画面と操作デバイスとの関係、画面部品などを指している。

 

図4

図4:ルールベースドプロセスによるUI設計プロセス

高橋賢一、小川俊二:文部科学省知的クラスタ創成事業「ソフトウェア技術者のためのユーザビリティ工学講習会テキスト『UI設計入門』」(財)北海道科学技術総合振興センター

 

このように、ガイドラインを主体としたユーザインタフェースの設計支援は、組織だったガイドラインのリソース管理を必要とする。ガイドラインは継続的に活用されることによって有効性が高まるので、戦略的な開発管理が望まれる。

 

3-3. 業界ごとのガイドライン設定

 

デザインガイドラインは、開発対象によって変更が必要であるので、業界で標準となるユーザビリティのためのデザインガイドラインがあることが望ましい。例えば、家電、自動車、通信などの一般ユーザが利用するものは、基本的なインタフェースが標準化されていることによって、ユーザ層が広がる可能性が大きくなる。

 

EUにおいて、1992〜94年のEspritプロジェクトの中で、家電のユーザビリティを向上させるために、ユーザインタフェースについてのガイドラインが開発されたことがある。このプロジェクトは、FACE(Familiarity Achieved Through Common User Interface Elements))と呼ばれ、PhilipsやThomsonなどの家電メーカが参画し、英国のHUSAT研究所がコーディネートにあたった。

 

このガイドラインでは、家電の基本的なインタフェースを定義しているために、ユーザが家電を利用する際に、利用の仕方が大きく異なるという混乱を避けることができた。また、設計側からすると、新たな機能として予想された、『OK』、『Menu』、『Back』、『Cancel』などの操作方法、デザイン方法についてのガイドを得ることができたことになる。家電のようなコンシューマ製品において、ユーザインタフェースを競争原理に委ねることは、かえって市場を停滞させる。例えば、我国のBS放送のユーザインタフェースを適度に標準化しておけば、現状の利用者数を多くできたのではないかと考える。競争原理に任せる部分と標準化の境界をどうするかは難しい部分ではあるが、ユーザインタフェースの標準化を適切に管理することは、ユーザにとっては有益なことであることは間違いない。少なくとも、FACEのように、デザインガイドのレベルの標準化は推進するべきである。

 

4. 継続的にユーザビリティを改善するために

4-1. デザインガイドラインの可能性と制約

 

前述したように、デザインガイドラインは、開発プロジェクト内で、ユーザインタフェースの一貫性を保つためにはとても有効な手段である。新規の製品開発にあたっては、新しい機能が要求される場合が少なくないが、ユーザインタフェースに関しては、なるだけ、変更が少ない方が、ユーザの負担は少なくてすむ。また、開発プロジェクトの中では、設計者によってユーザビリティに関する素養のバラツキがある。ガイドラインは、それらを平滑化してくれる。

 

一方、具体的に設計に適用してゆくには、開発ごとの詳細な編集が必要であり、その品質も保たれなければならない。したがって、ガイドラインは開発プロジェクトのリソースとして、適切に管理されるべきものである。しかし、ガイドラインを編集する担当者のユーザビリティの資質によって、ガイドラインの良否が影響を受けるため、少なくとも、この役割はユーザビリティ専門家である必要がある。そのためには、社内外において、ユーザビリティ専門家を確保しなければならない。ガイドラインの品質および、これを担う担当者のスキルが適切に管理されていないと、デザインガイドラインのアプローチは、成果を期待できないことになる。

 

また、新製品開発の場合には、ユーザインタフェース仕様も開発しなければならないため、従来のガイドラインを流用することは難しくなる。すなわち、新たなルール作りが必要になる。市場が安定し、APIが定まっているような場合には、比較的に容易に管理できるが、ライフサイクルが短く、基本的なインタフェースの作法が定まっていない場合は、基本ルールを編集するのにコストがかかる。このような場合は、ユーザインタフェースを個別に開発せざるを得ない。いずれにしても、設計者個人のユーザビリティに関するスキルを上げることは最低限必須な事項となる。この点から考えても、組込み技術者のスキルスタンダードの中に、ユーザビリティに関するスキルを導入することは必然性があると考える。そして、組込み技術者のためのユーザビリティ教育訓練カリキュラムを開発してゆくことが求められることになる。熾烈な国際競合の中に、組込みシステムがあることを考えると、戦略的なユーザビリティ技術への教育訓練への取り組みは非常に大切なものと考える。筆者が関わる、文部科学省の知的クラスタ創成事業『札幌ITカロッツェリア』別ウインドウが開きますやNPO法人『人間中心設計推進機構』では、そのための教育事業を開始している。

 

4-2. デザインガイドラインの次に

 

冒頭に触れたように、組込みシステムにおけるユーザビリティの役割は、安定したユーザインタフェースを設計することだけではなく、開発プロジェクトを通じて、創発的に新たなシステム案を提言することにある。このためにはユーザビリティ技術を駆使することが必要であり、ガイドラインアプローチだけでは限界がある。

 

そのような目標を実現するには、中長期的な組織変革を視野に入れ、持続的に改善を進める対策が必要になる。これらの段階的なアプローチは、図5のような段階を踏むと言われている。まず、システムのユーザインタフェースを継続的かつ組織的に安定して改善を促進する段階。今回、紹介したデザインガイドラインが想定できる。次に、全てのプロジェクトで、一定の利用品質を確保するために、ユーザビリティに関連するプロセスがマネージレメントされる段階。この開発プロセスは人間中心設計プロセスと言われる。ISO13407では、この基本プロセスが紹介されている。例えば、適切なユーザ調査を計画実施するプロセス、ユーザ要求を導出して要求仕様として記述するプロセス、ユーザビリティ評価を実施するプロセスなど、人間中心設計プロセスと呼ばれるものは多くある。

 

図5

図5:ユーザビリティを向上させるアプローチ

 

最終的には、これらの人間中心設計プロセスが組織的に浸透し、より発展的に成熟してゆく段階である。このような継続的なアプローチは、一朝一夕でできるものではなく、経営層による意志決定の基で推進しなければ難しい。

 

5. ユーザビリティ基礎講座の特集にあたって

『組み込み技術者のためのユーザビリティ基礎講座』の第1回の今回は、ユーザビリティのデザインガイドラインとは、いかなるもので、開発プロジェクトで活用するために、どのような管理が必要になるかを解説した。以後、この特集を通じて、ユーザビリティ工学に関わる基本的な知識に触れていただき、ユーザビリティについての関心を広げていただければと願っている。第2回以降は、次のようなタイトルでシリーズを構成したいと考えている。

 
  • ・第2回「操作や表示の一貫性」
  • ・第3回「ユーザへのフィードバック」
  • ・第4回「見えるシステム、分かりやすいシステム」
  • ・第5回「チェックリストを用いた評価」
  • ・第6回「人間中心設計の次なる段階へ −プロセスアプローチの紹介」
 

第2回から第4回までは、ユーザビリティの高いユーザインタフェースを設計するために、基本的な概念である、一貫性、フィードバック、わかりやすさということについての詳細な解説を予定している。第5回では、ユーザビリティのガイドラインを基にして、設計者が取り組める評価法について解説する。そして、最終回は、次のユーザビリティ活動の次のステップに進むために、前章で触れたいくつかの人間中心設計プロセスについて解説をしてゆきたいと考えている。

 

以降の特集の中で、ユーザビリティに関心を広げていただき、設計活動へ応用していただければ幸いである。

 

(第1回・おわり)


HCD-Netで人間中心設計を学ぶ

HCD-Net(人間中心設計推進機構)は、日本で唯一のHCDに特化した団体です。HCDに関する様々な知識や方法を適切に提供し、多くの人々が便利に快適に暮らせる社会づくりに貢献することを目指します。

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