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ショートコラム Vol.117
ジャズ・クラシックピアニスト、キース・ジャレッド。彼はとあるコンサートで、間違って小さなピアノが用意されていたので演奏のキャンセルをする予定だったそうです。結局、情にほだされて演奏することになったのですが、間違って用意されたピアノで弾いた音楽は、歴史にのこるコンサートになったと いいます。
この話は、要は障害やある程度の混乱があったほうが、普段発揮されないようなクリエイティビティーが発揮できるという話なんですが、IT業界の中でもHCDの手法を実践しようとすると、いろんな、障壁や混沌にぶち当たることも多いので、この話もどこか繋がっているんじゃないかと思っています。昨年「UXなまトーク」というイベントをHCD専門家の方々に登壇していただき開催してきましたが、UX関連の知識や手法は十分体系化されて流通されているようで、知っている人どうしでの流通が多く、逆にニーズを本来持っている方の知識はまだまだ低いケースが多いと感じていました。そのため、 関係者にとって理解しがたく”やり辛さ”を実践者以上に感じてしまうことがあると思っています。
そこで思うのは、実は、そんな”やり辛さ”こそが良い結果に結びつく「なにか」なんではないかと思うことが大切なのではと思っています。“やり辛い”からこそ、課題の克服やクリエイティビティーのエネルギー量が上がるんじゃないか?問題のリフレーミングも全てプロジェクトや組織の マインドセットがどうかわるかが根幹の仕事なので、実践者ほどそういったマインドセットを大切に仕事をするのが、HCDを組織のなかで進めていく楽しみ方 なんではないかなと思っています。