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さて、今回はちょっと横道に逸れてバリアフリーの話。といっても、かなりユーザ工学の本質に関わる話です。なんでここで横っとびしたかというと前回、ユーザの多様性の関連でユニバーサルデザインの話を書いたからです。
ユニバーサルデザインとバリアフリーは対比的に考えることができます。少なくとも、そういう見方があります。曰く、バリアフリーってのは後付でしょ。それじゃあダメなんで、最初から問題をなくすようにしなければならない。それがユニバーサルデザインのスタンスなんだ、と。
これは一理あります。バリアとなるもの、問題のあるものをそのまま世の中にだしてしまってから、あ、ここに問題があると気が付いてそれに対策を打つっていうのは後手後手アプローチです。対策が完了するまでユーザは苦労を強いられてしまいます。その意味で、最初から問題がないように意識を高くして設計をすればいいというのは一つの考え方でしょう。
たとえば駅の階段にエスカレータを追加したり、車いす用のエスカレータを追加したり、さらにエレベータを追加したりということが近年頻繁に行われるようになりました。そのことによって車いす利用者の不便は徐々に解消されるようになりました。しかし多くの方が経験しておられるように、既存の階段を半分潰してエスカレータをつけたりすると、階段部分が狭くなったりして無理がある。エレベータを追加するとプラットホームの有効面積が狭くなる。ましてや車いす専用のエスカレータというのは、周囲の人々の視線をあびてしまうため、快適なものとはいえません。そもそも、エスカレータやエレベータを設置することを考えないで設計されたプラットフォームにこうしたものを後付したのだから、どうしても無理がでてきてしまいます。
さらにエスカレータの取り付け方についても中途半端なケースが目立ちます。エスカレータというのは高齢者のように足腰が弱っている人のためだけのものではありません。重たいキャリングケースやスーツケースを持っているときには階段は苦痛です。そうした場合にエスカレータはとても助かるものです。しかし、駅によっては上りのエスカレータはあるものの、下りのエスカレータがないことがあります。下りなら楽だからいらないだろう、という発想なのでしょう。しかし重たい荷物をガタガタと階段を引きずっておろすのは大変なことです。やはり上りがあるなら下りもあるべきなのです。またK電鉄のS駅にあるエスカレータは乗る人のいるホームに設置されていて、降りる人のでていくホームには設置されていません。下りのエスカレータが乗る人のいるホームに設置されているのは分かるとしても、なぜ上りのエスカレータが乗る人のいるホームに設置されているのでしょう。しかもK電鉄はちょっと混雑する時間帯になると、乗る人のホームに降りる人たちは降りるホームにいったんでて、乗る人たちが乗り切るのをまってから反対側のドアに向かうという奇妙なルールを作っています。どうしてもエスカレータを利用したい人はそうやって待っていなければなりません。
同じようにエレベータについても適切でないケースがあります。エレベータは車いす利用者だけでなく、荷物を持った人、高齢者などにとってありがたいものですが、その中で車いすを回転させるだけのスペースがないにもかかわらず、入ってきた口から出なければならないケースがあります。入ったのと反対の出口から降りられるようになっていれば、車いす利用者も楽に乗ることができます。
このように、エスカレータやエレベータを後付で設置した場合には、その意味をよく理解しないまま設置するケースもあるため、十分に利用することができないことがあるわけです。後付だとスペースが十分にないために、分かっていてもきちんとした対応がとれないこともあるわけです。こうしたことを防ぐには、あらかじめ、ユーザの多様性をすべての設計者が理解して、事前にその対策を講じるようにすればいい。そう考えるのが前述のユニバーサルデザインの考え方です。
これは実に尤もな考え方といえるのですが、落とし穴がなくはないのです。設計者も人間であり、人間は不完全なものであるため、いくらガイドラインを理解して、それに忠実に作ったつもりでも、どこかに問題が発生する可能性はあります。もちろん知らないで作るより、問題の発生する確率を低くすることはできますが、それでも問題は発生する可能性があります。ユニバーサルデザインのガイドラインを理解しているつもりの設計者が何かを設計するというケースが逆説的に実はたいへん危なっかしいことになるのです。
要するに、設計においては常にそこに潜在的なバリアがありうるという意識をもち、ユーザ工学の中で重要な位置を占めている評価の活動を実施することが大切になるのです。作ってみては評価を行って問題点の洗い出しをし、その問題をつぶすべく再設計をし、改めて評価をしてその効果を確認する。こういった反復的な姿勢が必要になるのです。ユニバーサルデザインを実現するためには、実はこうしたユーザ工学的なプロセスをたどってゆくことが必須であるのです。
現実の世界は過去の遺産に満ちています。過去の遺産の多くは、ユニバーサルデザインというマインドを持たずに作られてきました。その意味で、世の中にはバリアが多数存在しているのです。こうした過去のバリアを乗り越えることも大切だし、また新たなバリアを作らないように配慮することも必要です。そして重要な点は、そのようなバリアフリーの状態を実現するためにはユニバーサルデザインの理念を理解しただけでは不十分だということです。理解したという思いこみほど怖いものはありません。
ちなみに僕はバリアフリーという姿勢が好きです。バリアを見つけよう、バリアが見つかったらそれを排撃しよう。この挑戦的な姿勢が気に入っています。ただ、できるかぎり、可能な問題点を事前に察知して対策を打っておくことが必要なのは言うまでもありません。最初に述べた駅のホームの狭さは、バリアが見つかったからといって簡単に広げるわけにはいきません。やはり可能な限り、問題点は事前に摘出して、それに対応できる設計を行うのがいいのです。
まとめましょう。バリアはできるだけ作らないように事前に排除する姿勢をもつ。そのためには設計と評価という反復設計を行うのが良い。さらに、いったんできあがってしまったものに対しては、常にバリア性を検証・確認する姿勢を忘れず、問題点が見つかれば即それに対応するという態度を持ち続ける。ユニバーサルデザインという理念を実現するためには、こうした現実的な活動が必要になる。今回はそんなことを書かせていただきました。
(第5回・おわり)