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三角形(何だそりゃ??)という話を書いていたのですが、途中で保存したままうっかり職場から帰宅してしまいました。そちらは7として明日アップします。ということで、本日は、というか日付変更線を超えてしまったのですが、使いやすさとユーザビリティの関係について書くことにします。
使いやすさというのはわかりやすい概念だと思います。英語でいえばease of useもしくはease of operationです。苦労せずに使えること、したがって多くの場合、無駄な時間を費やさずに効率的に操作ができることを意味しています。その意味では操作性や認知性、つまり取り扱いが容易であり、かつわかりやすい、という概念に近いものだといえるでしょう。
ただし、どうすれば使いやすいものが設計できるかということになると案外むつかしい。結局のところ、使いにくい点を見つけ出し、それを潰していくことで相対的に使いやすくしていく、というアプローチを取るのがいいだろうということになるわけです。特に使いにくいと感じなければ、それは消極的ではありますが使いやすいと言えるでしょう。ようするに問題点がなければいい、というとらえ方なわけです。
こうした形で使いやすさを考えると、評価という作業が重要な意味を持つことになります。使いやすさについて評価を行い、問題点を摘出し、それを改善する策を考える。このようにマイナスをゼロレベルにもっていくような努力が使いやすさアプローチの典型だといえます。
もちろん使いやすさアプローチはそれだけではありません。新しい工夫を考案することによって従来にないような使い方を創り出すというアプローチもあります。ただ、案外、というかかなり、それは難しい。たとえばエルゴノミクスデザインというラベルをつけた製品がいくつかあります。キーボードやマウスなどに良く見かけます。文具にもあります。人間の手の形状やその動作範囲を考慮し、それに適合し、最小限度の移動によって操作ができるようにしたものが多いようです。その結果、見た目はかなりユニークなものになります。ちょっとぐねぐねしたデザインになることが多いのです。さて、そうしたエルゴノミクスデザインが果たして本当に使いやすいかというと、実はかならずしもそうではないのです。人間の身体形状や動作特性に合わせて設計すると、かえって操作の自由度を奪ってしまうこともありえるわけで、そうなると使いやすさを主張しながら、実は使いにくい物を提示しているということになりかねません。もちろんエルゴノミクスデザインすべてを否定するつもりではありません。そうしたプラス志向のアプローチは積極的に試みられていいと思います。ただ、そうしたゼロレベルからブラス方向にもっていく努力というのは、現実的に適切な解を導き出すために相当の苦労を要するものだ、ということがいいたいわけです。
使いやすさはユーザビリティの一部です。重要な部分です。その意味で、従来のユーザビリティ活動では使いやすさを高めることに努力が重ねられてきました。評価という作業が必要になるため、ユーザビリティ活動の中では評価手法の開発とその利用が一時期、関係者の関心の的となりました。ただ、そうした努力は必ずしも正当に報いられませんでした。評価作業によって問題点を摘出しても、設計者やデザイナからすれば、それは自分がいいと思って作った物にケチをつけられることになるわけで、素直にその指摘が受け入れられることは少なかったのです。また評価によって問題点が見つかったとしても、開発工程はすでに完了の時期に近づいており、製品リリースが間近になっている。したがって、問題点があることは理解できても、それを修正する作業をしている時間的余裕なんかない、ということもありました。さらに、そうした地道な評価の努力を行っても、それが製品の売り上げにどのくらい貢献するのだという現実的な問いかけに対して明解な答えをだすことは困難でした。このような理由から、評価を中心としたユーザビリティ活動は正当な評価を得ることが難しく、ユーザビリティ担当者はまず社内の関係者の説得のために相当な努力を強いられる、という状態が続きました。
後ほど説明するISO13407という規格は、こうしたユーザビリティ活動の現状の課題を認識し、使いやすさに焦点を当てるだけではダメだということ、評価という作業をやっているだけではダメだということを明確にしました。そのためにISO13407ではプロセスモデルを提示し、評価もその中の一つのプロセスとして位置づけながら、もっと設計プロセス全体にわたってユーザの視点に立つことを主張しました。上流の作業から下流の作業まで、一貫してユーザの視点を重視することを強調したわけです。このISO13407では、ユーザビリティの定義としてISO9241-11の定義を援用しています。有効さと効率と満足度という定義です。
こうした考え方の切り替えによって、ユーザビリティという概念は、従来の使いやすさよりも広いものとなりました。単に評価によって問題点を見つけてそれを改善するというアプローチだけでなく、上流工程から機器やシステムのコンセプトを考えること、したがってユーザの利用状況の実態把握をきちんと行い、そこからコンセプトを導出することを重視するようになりました。評価というプロセスはその後段で、具体的なデザインがなされた時に行われるもの、という位置づけができました。
こうした形での考え方の切り替えは、ユーザビリティを機器やシステムの目標適合性という概念と同義のものとして捉えるという見方を産みました。ユーザの目標を適切に達成できるようにするためには、末梢的な形で使いやすさの問題点を見つけ出す努力だけでなく、もっと根本的にその機器やシステム、つまり人工物が、ユーザの利用状況に適合していることが必要だからです。いいかえれば、こうした形でとらえられたユーザビリティという概念は、単にマイナスレベルをゼロレベルに持ち上げる努力をさすのではなく、本質的にプラス志向な努力を指しているということができます。
このようにして、21世紀に入ったころから、徐々にユーザビリティという概念の整理が行われ、それまでの使いやすさという狭い意味合いからの概念の切り替えが行われるようになったわけです。これにより、ユーザビリティは機器やシステムの本質的価値を意味するという認識もうまれてきました。そうした流れがでてくることによってユーザビリティに対する関係者の見方は大きな転換を遂げたわけです。
もちろん、まだ一般ユーザの皆さんにはこうした概念の違いはきちんと伝達されていません。ユーザビリティって何? それって使いやすさのことでしょ、というような誤解がいまだにはびこっています。企業関係者の間では徐々に認識が改められつつあるのですが、肝心なユーザがこうした状態では大変危うい状況であるといえるでしょう。関係者の努力がユーザに伝わらないかもしれないからです。ただ、ユーザの状況の理解にもとづいて、その目標達成を本質的な形で支援する人工物ができたなら、ユーザビリティという概念を理解せずとも、いいものはいい、というスタンスで、そうした努力が傾注された機器やシステムが頻繁に利用されることになる・・そうした可能性は高いと考えられます。一般ユーザへのPR活動はまだまだ十分とはいえませんが、まずはモノによってユーザビリティという概念を伝えていこう。現状の関係者のスタンスはこういったところにあるといっていいでしょう。
(第6回・おわり)