ユーザ工学入門

さて、今回は前史の最終回、ヒューマンインタフェースということで書かせていただきます。


ヒューマンインタフェースという言い方は比較的日本に特有なモノで、欧米では最近はHCIつまりHuman Computer Interactionという言い方の方が普通です。日本にはヒューマンインタフェース学会という学会がありますし、情報処理学会にもヒューマンインタフェース研究会という名前のSIGがあります。でも、そういう名前の組織は外国にはありません。皆HCIないしはCHIです。でもComputerはインタフェースの重要性を考えるトリガーにはなったけど、そしてあらゆる場面にComputerが登場するような時代にはなったけど、それでも Computerだけじゃないだろ、と思っています。それで僕はHAIつまりHuman Artifact Interactionという言い方を提唱しています。そうしたら昨年、ある学会の基調講演でドイツの人がやはりHAIというコンセプトを提唱していて、うむ、やはり妥当な考え方だったのだ、と頷いた次第です。


日本におけるヒューマンインタフェース研究は、その歴史から若干欧米とは違った視点からなされてきました。たとえばヒューマンインタフェース学会を例にとると、元々が計測自動制御学会の部会の一つであったことも関係しているのでしょうが、生産システムに関する研究もインタフェースという観点からなされてきました。農機具などの機械システムについての研究で人間工学との関係も深かったのです。その関係でシステムの背景にある社会や組織との重要性が比較的早くから認識されていたといえるでしょう。一方、情報処理学会の研究会の方は、元々は日本文入力方式研究会という名称でした。それこそ、私が前史の1で取り上げたようなキーボードや仮名漢字変換の研究がその基礎になっていました。どちらも日本固有の社会的状況を背景にして生まれてきたという意味で、とても自然な形でのコアエリアを持っていたといえます。


しかし欧米の影響力というのは強い。とても強い。いやになるほど強い。強引なほど強い。そんなわけでユーザインタフェースの研究が海の向こうで盛んになると、その影響を受けて日本でも同じような研究が盛んになりました。それをルーツとしてユニークな研究をする日本人研究者もでてきて、海の向こうで評価され、「その結果」国内でも評価されるようになったりしました(^_^;)。


欧米でのユーザインタフェースの研究は、その後、HCIという冠のもとにGUIやWebやバーチャルリアリティ、インタフェースの可視化、ユビキタス、実世界指向などの方向につっこんでゆき、当然日本での研究もそうした方向に「ひっぱられ」ました。しかし、その後、あちらの研究者たちはシステムとしてのインタフェースを問題にするようになり、社会的な状況や文脈を重視するようになったのですが、その点では日本は若干先行していたといえるかもしれません。


その意味で、今回はシステム的な事例、社会的なインフラとの関係の深い事例として、車載情報システムを取り上げてみます。


車載情報システムの代表例はカーナビです。カーナビの基本であり重要なポイントは地図表示にあります。


欧米でのカーナビが音声ガイドを利用して、「次の交差点で左折せよ」というようなガイダンスを行っていたのに対し、日本ではカーナビの歴史は最初から地図ベースでした。これには地図という環境表現メディアに対する欧米と日本のとらえ方の歴史的な違いが影響しているように思われます。たとえば旅行ガイドを例にとりましょう。日本で出版されている旅行ガイドというのはどれもカラフルで地図が沢山でています。それも多くの場合は実際の地形に相似形な地図です。一部、デザイン的に凝ったつもりで強調表現、わたしから言わせれば歪曲表現なのですが、そんな表現をしているガイドもありますが、どの書店にも置いてあるポピュラーな旅行ガイドというのは基本的に相似形地図を多数採用している点に特徴があります。ホテルもレストランも劇場もみなそこに乗っています。解説ページから地図ページへのリンクが書かれています。きちんと調べたわけではありませんが、利用者の皆さんの多くはそうした地図を見ながら自分の行程プランを立てたり、現在位置の確認をしたり、目標までの方向を調べたりしているのでしょう。


それに対して欧米の旅行ガイド、たとえば代表的な一つであるFodorのガイドブックなどは地図が非常に少ない。もう文章がべたべたと書いてある。もちろんレストランについていえば料理の特徴などの記事の他に住所や電話番号のような情報も載っていますが、それにしても、いったいこのガイドを使ってどうやって目的地にたどり着くんだい、という疑問を持っていました。その後、欧米での委員会で夜レストランに行こうというような時、彼らの行動を観察することができました。結論から言うと、少なくとも私の知人たち、場所をそこに設定した当人でない人たちは、相当に迷っていました(^_^;)。複数の事例において、です。レンタカーを利用して委員会の会場に行くようなときは、ルート何番からルート何番にいって、というような形で道路標示を確認していました。アメリカでのイギリス人の行動の場合です。これなんかは音声によるナビゲーションのパターンととても良く符号しているわけです。だけど住宅街の中にあるレストランを探そうなんて時にはルート何番方式では目的地にたどり着けないわけです。


タクシーに乗っても、ロンドンのように運転手がよく街中を知っていればいいのですが、そうでないと運転手ごと迷いました。アメリカでタクシーに乗ったときにも同様の経験を何回もしました。専門家であるはずのタクシーの運転手でさえウロウロとしてしまったのです。で、タクシーの運転手は結局、紙地図を取り出しました(^_^;)。要するに、欧米のガイドブックというのは、奇妙なことに利用状況に適合していないのです。目標達成に適合していないのです。そしてユーザビリティの専門家といえど、ガイドブックというのは「そういうものだ」と思いこんでいて、特にそれを問題視していないのでした。とても興味深いことでした。慣れというものの恐ろしさ、「そういうものだ」という思いこみが進歩を阻むという事実を改めて確認しました。最近になって、ようやく欧米でもカラフルで地図を沢山載せたガイドブックがでてくるようになりました。まあ当然のことだと思います。


そんなわけで日本におけるカーナビは地図ベースで始まりました。カーナビインタフェースは日本における地図文化を継承したといっていいでしょう。私も某社のカーナビ開発に最初から関係していたもので、そこでの試行錯誤をまのあたりに体験することができました。まず問題になったことの一つは地図の方向をどう表示するかです。地図というのは「ふつう」北が上になっています。だから東のことを右と言ってしまう人がいたりします。地図というのは「そういうものだ」という考え方からすれば、カーナビでも地図は北を上に表示(north up)すべきだと思われました。しかし街中で地図を見ている人を観察していると、自分のいる周囲環境に合わせて地図を回転して方向合わせをしている人をしばしば見かけます。Shepard & Metzlerの研究で明らかにされたように、人間はアナログなイメージを操作することができます。それを頭の中で回転することができます。だからわざわざ地図を回転せずとも頭の中で回転すればいいはずです。事実、そういう能力に長けた人もいます。でも多くの人はメンタルリソースの無駄遣いを嫌い、地図の方を回転させているのです。車でも同様の状況が発生します。車は道路に応じて北を向いたり、南西を向いたりします。そのとき、画面に表示されている north upの地図を頭の中で回転させるのは大変ではないか、そう思われました。そこで進行方向を上にする表示方式(head up)が考え出されました。残念ながら私の発明ではありません(^_^;)。


現在、カーナビはたいてい両方の表示方式を搭載しています。でも最近はデフォルトはhead upになっているようです。あちこちでレンタカーを借りたとき、カーナビの設定はまず例外なくhead upになっています。やはりドライバーはメンタルリソースの無駄遣いをしたくないからなのでしょう。


カーナビの特徴は単に地図を表示するだけではありません。車が現在どこにいるかを示す現在位置表示という機能があります。これはカーナビを開発している当時は考えつかなかったのですが、実は相当に進んだコンセプトに関係していました。ようするに自分のいる環境について、目に見えてはいない関連情報を表示してくれるという機能というわけです。カーナビが普及したあとになって、HCIの学会で携帯型情報機器を使って、たとえば図書館で自分の探している本がどこにあるかを見せてくれるというような研究がでてきました。素通しのスクリーンを見ていると、透き通って見えている書棚にマーキング情報が重ねて表示されるというような感じです。このコンセプトを先行して製品化してしまったものがカーナビだったのです。


技術的にはカーナビはGPSを基本としています。それに車速センサなど各種の情報を使います。たとえばトンネルに入ったときなどにはGPSの電波は届かないからです。小型情報端末の場合、マクロにはGPSを使ってもいいし、GPSの精度は少なくとも今時点ではかなり高くなっています。でも書棚の本を特定するまでの精度はありません。そんなわけで屋内無線の利用、赤外線センサーの利用、タグの採用などが考えられました。要するにコンセプトが決まれば、それに適合した技術はなんとか開発は可能だということです。いや、そういってしまうと技術系の皆さんの努力をあまりに軽視していることになります。ごめんなさい。でも彼らは頑張ります。そしてものができるのです。でも、そうした努力も大切ですが、もっと大切なのはコンセプトです。これは人間中心設計で重視されているポイントでもあるわけです。技術中心ではなく、人間中心のスタンスをとり、人間が実現したいことをコンセプトとしてまとめあげること、そこから人間中心設計はスタートするわけです。


こういうケースを見ていると、今自分のやっている研究や開発がどのような意味をもっているのか、将来どのような意味を持つ可能性があるのか、そしてどのような発展を考えることができるのかを考えること、そうした概念化を行うことがとても重要であるということが分かります。研究におけるメタな視点の重要性ということでしょう。概念化ができなければ、その「もの」で終わります。しかし概念化をして一般化をすることができれば更にその先に進むことができます。研究ってスリリングですよね。


カーナビに戻りましょう。でも、もう大分書いてきたので、以下は簡単にしちゃいます。すみません。


カーナビの使い方としてポピュラーなものにルートガイドがあります。僕も都心から自宅に戻るときなど、どのインターから入ればいいか、どうすればそこに効率的にたどりつけるかを知るためにしばしば利用しています。これで面白いことがあります。カーナビインタフェースの比較をするために二台のカーナビを搭載していた時期があります。両方でルートガイドを設定しました。さて交差点につきました。二台が右と左と別々の方向を指示したのです。設定条件は同じだったのに、です。まあいろいろなアルゴリズムが考えられるからどちらでもいいんでしょうが。あ、この話は人間科学的に意味ないですm(_._)m。


地図表示として鳥瞰表示が流行ったことがあります。ドライバーの視点より若干高いところに視点を設定して遠近法的に見せるという仕組みです。なんでそんなことをしたかというと、カーナビの画面の形が関係しています。カーナビ画面には横長のものが多いのですが、これはカーナビを設置する場所の制約に関係しています。でも人間は自分の進行方向についてもっと情報が欲しい。本来なら縦長の方が望ましいのです。そこで鳥瞰表示が考えられました。技術的には面白いアイデアだったといえるでしょう。しかし、少なくとも現在の画面の解像度では遠方の細かい情報が良く判別できません。そんなわけで一時の流行にとどまってしまいました。また将来復活するかもしれませんが。


最近ではVICSという渋滞情報の提供システムが高水準になってきました。一般道でも高速でも、これを見ながらルート選択をすることがしばしばあります。カーナビの機能として渋滞回避をしているケースもあります。でもみんなが同じアルゴリズムで渋滞回避をしたら面白いことになるでしょう。渋滞場所が別な場所に移動してしまうわけです。それを回避するためにまた新規なルートが推奨され、みんながまたそこに集中し・・。その意味では社会全体として車の集中を適切に分散させるという制御技術が発達し、あなたの車はこちらに、あなたはこちらに、というようになるかと思われます。エレベータの制御に使われている群管理という技術の応用で可能ではないかな、と考えています。それを中央集権型でやるか自律分散的にやるか、たぶん二通りのやり方が可能だと思うのですが、僕自身は後者になる可能性を見ています。


ともかく最近の車載情報システムはいろいろな機能をもっています。ETCという自動料金支払いシステムも大分普及してきました。レーダー警告装置もなかなか良くなってきました。こうした形でドライバーが望むものがどんどんと搭載されています。その一方で道路側の情報管理システムもいろいろと整備されてきました。Nシステムなどというちょっと怖いシステムも実際に動いています。そして車同士での情報利用もこれからはもっと進むでしょう。前にいる車との距離を利用して車間距離を詰めて自動走行することになれば渋滞回避にもつながるでしょう。そのうちに、少なくとも高速道路では目的とするインターまでは車線変更を含めて安全にかつ自動的に車が動いてくれるようになるでしょう。車と車の間のコミュニケーションについても適切なシステムが考えられるでしょう。これまで、車を運転すると人が変わると良く言われてきました。エゴの塊になるからです。最近は交互流入などエチケットも普及するようになりましたが、割り込ませてくれたお礼にハザードランプをチカチカというのはいささか原始的です。いやシンプルだからいいのだ、という考え方もあるでしょうが。とにかくまだまだ沢山の可能性を秘めた車のシステムです。


車というのは生活の場です。ドライバー、同乗者は、さまざまな特性をもち、さまざまな状況にあり、さまざまな欲求をもっています。これらを的確に把握し、それを実現するコンセプトを明確にし、そのための技術を開発することが必要になりました。そう、こうなってくるとユーザビリティ的視点が必須になってくるのです。


従来から公共的な性格をもつ機器やシステムでは、個別利用的なものにくらべてユーザビリティをちゃんと考えようと言う開発姿勢が見受けられました。社会的な影響が大きいこと、いったん設置したらすぐに交換はできないので慎重に時間をかけて開発すること、などが関係していると思われます。こうした姿勢がもっとユーザ工学のアプローチにしたがって系統的に実施され、そのやり方が個別利用機器にまで広がってゆくこと、それがこれからの望ましいあり方だと思っています。


というわけで、ようやく話がユーザ工学に戻ってきました(^o^)。では。


(第14回・おわり)


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