HCDコラム

昨今、ウェブサイトやスマートフォンアプリなどのデジタルな情報インタフェースを中心とした製品・サービスにおいては、テクノロジーの進化のみならずデザインの力によって様々なことができるようになりました。
ウェブサイトやアプリにおけるデザインの工夫は、膨大な情報を指先の所作ひとつで次々と閲覧、取得できるようになったり、ストレスなく簡単にモノが買えたりできる、のように以前と比べても格段に快適な使用体験をユーザーにもたらしていますし、UXデザインの特徴的な領域のひとつでもあります。
このような進化はユーザーにとってはとっても便利で快適な体験が得られ、ウェブサイトやアプリを提供している企業にとってもユーザーが何度も製品購入をしてくれたり、「こんな商品もおすすめ」といった情報提示を目に留めてついつい併せ買いをしてくれる、といったユーザーと企業双方のメリットをデザインが実現している好例とも言えるでしょう。
片方で、スマートフォンの長時間にわたる使用依存の増加や、たいして買いたくもなかったものをアプリのオススメに釣られてついつい買ってしまうことが増えたり、”ツケ払い”(実際には借金と同じような貸付構造ともとれる)のような新しい決済体験のデザインによって金銭感覚が麻痺し、負債を抱えるひとが増えるなどの社会問題が起きていることも、見方によってはこのようなデザインの功罪ともとれるのではないでしょうか。
中には、自社のサービスからの退会申し込みページへのリンクや情報表示をあえて分かりにくくすることで退会意志を削ぐといった仕掛けをウェブサイトやアプリに施している例や、商品購入・サービス申し込みのプロセスにおいて「今申し込まないと損しますよ!」といった脅迫的なメッセージを表示する例、またはゲームコンテンツにおけるアイテム獲得のための過度に射幸心を煽るようなインタラクションデザイン例など、いうなれば「悪意のある」デザインの事例も多く見受けられています。
もちろんこういったことはすべてが悪意をもって行われているわけではありませんし、このような行動経済学の原理を活用してユーザー行動を促進するインタラクションデザインをパターン化し、Tips(すぐ使えるコツ)化することで広くデザインの現場に活用しやすくしている動きもあります。
そして、事業者にとってはビジネスを行う中で収益を上げるために行う「デザインによる工夫」のひとつではあると思いますし、ユーザーにとっても自身が納得してそのようなデザインがもたらすUXを享受しているのではあれば問題はないかもしれません。  
正直に言うと、ぼく自身もこれまで実務家として手がけた仕事の中で、上述のような「邪(よこしま)なUXデザイン」を意識せずにしてしまっていたのではないか?と思い当たる節もないとは言いきれないのも事実です。
しかし、その時は企業にとってもユーザーにとってもメリットが両立できる状態を前提として、「よかれと思って」設計したつもりであったとしても、果たして本当にそうだったのか?振り返って考えてみると不安も残ります。
このような例を通してあえて問題提起をしたかったのは、意図的であれ、意図しない状態であれ、デザインには一歩間違えるとこのような「悪意のある」影響をひとに及ぼすことができる力がある、ということです。
過去に出席した海外のデザインや情報アーキテクチャに関する国際会議でも、このような「情報とデザインの倫理」については、特にこの数年活発に採り上げられており、「ダークパターン(dark pattern)」と呼ばれる、意図的にユーザーを思考停止状態にさせたり、企業にとっての利益誘導がなされるような行動に促したりする「悪意のある」デザインパターンを研究し、啓発している活動も意欲的に行われるようになってきています。
(参考サイト: https://darkpatterns.org/
インターネットの発展によるデジタル化に代表されるように、社会が極度に「情報化・記号化」しつつある流れの中で、世の中の価値観や倫理観がどのようなものであるべきか?の認識や理解を媒介する存在である情報やデザインが持つ役割が、少々重くなりすぎているのではないか、ということを感じています。
今考えるべきは、短期的なビジネス貢献とユーザー体験の提供という視点だけではなく、長期的な視野も含めてビジネスの持続可能性とユーザーへの価値提供を考えるという「より良い未来の社会をつくる責任」も、今後ますますデザインには求められる、ということを自覚し、強く意識的な姿勢を持つことではないでしょうか。
売上が上がり、製品やサービスの利用者が増えることは企業活動にはとても重要ではあるけれども、長い目で見たときに自社のビジネス意義は、ユーザーの生活の質は、そして社会のあり方はいい状態であり続けられるのか?社会の中心に存在すべき人間にとっての「人間性(Humanity)」は長期的に見て良い状態に向かっていくのか?
これらはとても大きくて重い課題ではありますが、デザインが持つ意味と役割がますます大きくなりつつあるこれからの時代においては、デザインに関わる人間として考えるべきテーマにますますなっていくでしょう。
Human Centered Designの専門家であり探求者でもあるぼくたちは、Humanに内在されるHumanityの今と今後を深く考え、”Humanity Centered”な視点も含めてこれからのデザインを考えていこうではありませんか。


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