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前回、コラム執筆の機会をいただいてからあっという間に1年あまりが経っていました。その間、海外のデザインカンファレンスやコミュニティイベントにいくつか参加した中で感じたことは、以前にも増して「人間性への回帰」や「従前の価値観からの転換」、そして「多様な文化理解と倫理観」といったテーマが色濃く扱われるようになったということです。感染症対策への備えもあって、現代を生きているわたしたちがかつて経験したことがないようなレベルでひととや社会が物理的に分断される中で、どのように日々の幸福感や安心感を得ることができるか?産業や社会のシステムは幸福な社会のためにどのように寄与できるか?わたしたちデザインに関わる立場の人間は、このような問いをこれまでにないくらい突きつけられ、自問自答する日々だったのではないでしょうか。少なくともわたしはそうです。同時に、これまでは「人間中心」と言いながらも、どこかで人間を「ニーズを満たしたいと考えているユーザー」という記号的な存在として捉えてしまっていたのではないか、ということについても考えてしまいました。「意味のイノベーション」を提唱するロベルト・ベルガンティは著書『突破するデザイン』(日経BP社, 2017) の中で、「ユーザーは『歩く問題とニーズ』ではない」と書いています。幸せになるためにこの世に生まれてきた、尊厳あるひとりの人間なんだ、と。そして、自分にとって大切なそのひとに幸せになって欲しいと心から願い、必死に考え抜いて贈り物をする行為こそが「デザイン」なんだ、とも言っています。さすがは生粋のイタリア人、キザですね(笑)ですが、わたしはこれを読んだときにハッとさせられました。ひとや社会がより良い状態になっていくための新しい価値ある「意味」を、これまで、どれだけデザインしようとしてきたのだろうかと。
わたしたちは、従来の価値観や常識、文化的な慣習が大きく音を立てて転換しているいまの時代にデザインに関わることができることをまたとない好機と捉え、ともに「人間中心デザイン」の意味について問い直しながら良い世の中を模索していきましょう。
<参考文献>
Verganti, R. (2017). Overcrowded : designing meaningful products in a world awash with ideas, Cambridge, MA: The MIT Press.(安⻄洋之・⼋重樫⽂(監訳), ⽴命館⼤学経営学部DML(訳)(2017)『突破するデザイン』⽇経BP社)