HCDコラム

「今だけ、金だけ、自分だけ」。皆さんは、この「三だけ主義」とも称される、ここ十年以上にわたって言われ続けている、私たちの世相を反映した言葉を耳にしたことがあるでしょうか。仮に聞いたことはなくとも、このことが何を指しているのかは容易に想像がつくに違いありません。「目先の自分の利益と保身にしか目に入らない人々」(『食の戦争』、鈴木宣弘著、2013年)のことであり、「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よし」の「対極」に位置する仕事の仕方や生きる姿勢のことなのです。

「今だけ」とは、「今さえよければ」の心性であって、先々のことを考えなかったり、問題を先送りにしてしまったり、典型的には、将来の子孫のことを考えずに環境破壊につながるようなことをしてしまう状態につながっていきます。「HCD専門家」がこれを乗り越える上では、組織やコミュニティの課題に直面した際に、現況の問題の短期的な解決策や現前の関係者の満足感を得ることだけに目を向けるのではなく、その課題を放置した先の「未来」の姿や「将来」の関係者たちにまで想いを巡らすことや、組織やコミュニティの現況に至る「歴史」や「過去」にまで視野を拡げた上で立ち向かっていく姿勢が求められるのです。

「金だけ」とは、「金だけもらえれば」の心性であり、お金さえもらえれば何でもすること、お金が儲かるなら何をしてもいいといったことなど、お金以外の価値観が何もない状態のことを指しています。「HCD専門家」がモノゴトに対峙するに際しては、すべての価値をお金で図ろうとするのではなく、「お金には換算できないような価値」に目を向けることが重要です。たとえば、社会にとっての価値は何か、さまざまな利用者にとっての個々の価値は何かなどにも思いをめぐらした上で、HCD専門家としての倫理的・道義的な価値観に照らした上での判断を行っていくことが必要になります。

そして、「自分だけ」とは、「自分さえよければ」の心性であって、自分や自分の身内や組織だけがよければよいであったり、他の人や弱者や未来の人たちのことなどはどうでもよかったり、といった自分自身の利害損得以外には目もくれないような状態のことです。「HCD専門家」であれば、この心性こそを真っ先に凌駕していなければ、HCDに関わる専門家とは言えないのではないでしょうか。すなわち、「HCD専門家」とは、ユーザーや利用者の立場やその気持ちに成り代わって、その体験や感情を自分ごととして捉えられるスキルに始まり、究極的には他人のためなら何でもするといった「利他の精神」を持つことや、他人に加えて動物や自然とも「共生」していこうといった「やまとごころ」にも通じる心性をもった(呼び覚ました)人に他ならないからです。

この現代の私たちの社会に巣喰ってしまっている「三だけ主義」の世相や風潮に対して、それを克服して打破できるのは、まさに「HCD(人間中心設計/人間中心デザイン)のマインドセット」であって、日々の仕事や生活を通じて実践を行う「HCD専門家の存在」ではないでしょうか。


HCD-Netで人間中心設計を学ぶ

HCD-Net(人間中心設計推進機構)は、日本で唯一のHCDに特化した団体です。HCDに関する様々な知識や方法を適切に提供し、多くの人々が便利に快適に暮らせる社会づくりに貢献することを目指します。

HCDに関する教育活動として、講演会、セミナー、ワークショップの開催、 HCDやユーザビリティの学習に適した教科書・参考書の刊行などを行っています。