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人間中心設計(HCD)の思想は、人間と対話するシステムに関して、作る側の都合で設計するのではなく、それを使う側の人間の視点で設計することから始まった。つまり、人間中心設計で言う人間は、使う人間(ユーザー)のことであった。しかし、敢えて「ユーザー中心設計」と言わず「人間中心設計」と言うことにしたおかげで、ユーザー以外の人間、例えば、ホテルの泊まり客や商店を訪れる買い物客、という人間も人間中心設計の対象範囲に含まれることになった。ここでの人間中心設計の対象はモノやシステムでは無く、顧客への「サービス」ということで捉えられる。そこで今回は、買い物客への人間中心設計の優れたHCDを考えてみた。
小売業界では「人間中心設計」という言葉は使われないだろうが、買い物客である人間(顧客)を中心に事業を設計するという考え方は商売の基本として存在しているはずである。小売業界でのHCDは、顧客が喜んで来てくれて、欲しいものを見つけて満足して帰って行ってくれるようにすることだろう。百貨店は都心の便利な場所で、品揃えを充実させて顧客のニーズを満たして来た。スーパーマーケットは都心ではないが車社会に合わせた駐車場を完備した郊外で、特に食品を中心として日用品を豊富に揃え価格の魅力を加えて人気を集めて来た。スーパーマーケットの出現で、HCDを先取りできなかった駅前の商店街は、顧客から見放され、次々とシャッターを下ろすことになった。
近年では、1974年に第1号店を開店したコンビニエンスストア(コンビニ)、セブンイレブンによって、場所、品揃え、価格の魅力に加えて、時間に関係なくいつでも買い物ができる、という顧客のニーズを先取りして発展して来た。病院が未だに週休日を設けて開院時間の制約があるのと比べると、コンビニに於けるHCDの展開の素晴らしさがよくわかる。コンビニこそ、小売業界の優れたHCDと言えるのではないだろうか。今やコンビニは小売業の範囲を超えている。顧客が喜ぶことなら何でもやる。モノを売るだけでなく、ATMやコピー機をそろえてお金や情報のやり取りの支援、小包の受け渡しなど、従来の小売店では考えられなかったことである。最近は、買い物をするのに店に行かなくても持って来てくれる。コンビニにおける優れたHCDの追求はまだまだ止まることを知らない。
しかし、業界内のサービス競争が激化してくると、サービスをする側の人間にとっては仕事が増え、苦労を強いられることになり、過労死の話まで出て来ている。この人達の人間中心設計はどうなっているのだろうか。振り返ってみると、モノやシステムの人間中心設計でも、利用する人間だけでなく、提供する側の人間のための人間中心設計も今後取り上げるべき対象となるのだろうか。人間中心設計が取り上げる人間の対象はどこまで広がるのだろうか。