HCDコラム

「お・も・て・な・し」はUXの概念(清水 浩行氏)

(HCD-Net ニュースレター 2014年1月号 - Vol.91)

UXは世間的にはまだまだ認知度が低いのが現状と思う。同様の概念をマーケティング関係者は「顧客経験(体験)」と呼んでいるが、こちらも一般に普及しているとは言い難い。なぜ広まらないのか?筆者は「経験(experience)」という用語が原因のひとつだと考えている。つまり、多くの人は「経験」と聞くと自らが能動的に行動して知識やスキルを得ることをイメージするのに対して、UXには製品やサービスを使った印象や他者の評判といった受動的なものが含まれる。このギャップがUXを馴染みにくいものにしているのではないだろうか。

そんな中、昨年流行語大賞を獲得した「お・も・て・な・し」はUXの概念をわかりやすく表現してくれた。これまでもUXの訳語候補として「おもてなし」が挙げられてきたが、体験そのものを指していて利用前のUX(予期的UX)が含まれないこともあり、あまり使われてこなかった。これに対し「お・も・て・な・し」には、合掌してお辞儀する姿も相まって、「よいサービスを受けられそうだ」という予期的UXまで含まれている。もちろん「お・も・て・な・し」がUXを完璧に言い表しているとは言えないが、UXを知らない人々にUXをイメージしてもらうには良い表現と思う。

皆様、今年は「お・も・て・な・し」でUXを普及させていきませんか?

ビッグデータ活用における幻想(田中 敦氏)

(HCD-Net ニュースレター 2014年2月号 - Vol.92)

膨大な断片的データの中から有用な知見を得るビッグデータ活用への関心が高まっている。この背景には様々な理由が考えられるが、データが巨大化した点で言うと、既存の蓄積されたデータに加え、ICタグやセンサー、そしてスマートフォンの普及によりデータ取得機会が増加したこと、TwitterやFacebookに代表されるSNSの普及によりユーザーがよりパーソナルな情報を送受信する機会が増加したこと、高度な画像処理技術により画像や動画のようなデータからこれまで取得出来なかった情報が抽出できるようになったことなどが挙げられよう。加えて、こうした偏在する多様なデータを迅速に収集し結びつける情報処理技術、ベイズ統計やデータマイニングに代表されるデータ解析技術の存在もブームに拍車をかけていることは間違いない。

そもそも既知の情報に基づき危険を回避し将来を予測することはビジネスに限らず人間の本質的な知的活動である。今後は新しいサービスやビジネスだけでなく、災害や犯罪などの危険回避にも活用が見込まれているらしく、優れた研究成果を期待したい。さて、このようにビッグデータの活用は大変ホットな話題なのだが、いくつかの主張の中には陥穽がある。筆者には「膨大なデータの中には価値ある宝が埋まっていて、高度な情報処理をしさえすれば半ば自動的にそれに行きつく」そんなナイーブな信念がある気がしてならないのである。

そもそも価値とは何だろうか。

価値とは生物と独立に存在するものではなく、心の中に立ち現れる「意味のあるもの」である。小判は人にとって価値があるわけで、猫には無意味な存在である。データを活用する側の心を等閑視したビッグデータの有効活用は幻想である。では真の意味でのビッグデータ活用には何が必要であろうか。一つの方策は、データ処理だけに着目するのではく、データとユーザをいかにして引き合わせるか、という観点で活用行為全体をデザインすることである。この際大事なのは、課題に関係する有効であろう情報を感じ取る力をユーザ側に高めてもらうことである。その実現に向け人間中心設計の概念は勿論有効であるが、それだけではなく、これまでビッグデータ活用の文脈においてあまり語られることのなかった学習科学(認知科学領域)やインストラクショナルデザイン(教育工学領域)などの人文社会科学よりの研究領域が果たす役割もまた極めて大きいであろう。

ひどい体験から学ぶこと(一藤 幸宏氏)

(HCD-Net ニュースレター 2014年3月号 - Vol.93)

「指定されたユーザーによって、指定された利用の状況下で・・」という一文 は、ユーザビリティの定義としてよく知られるところだが、日頃の仕事を振り 返ってみると、「ユーザー」に比べて「状況」への考慮が不足していたかもしれ ない。そんなことを感じる出来事があった。

その日、私は子供のサッカーチームの引率のため、電車とバスを乗り継いで河川 敷のグラウンドに着いた。ふと気付くと、肩掛けバッグのファスナーが開いてい て、中の財布がなくなっていた。いや、実際には財布は家のテーブルの上に放置 されていたのだが、私はどこかで落としたと思い込んで、大いに焦った。ちょっ としたパニック状態に陥りながら思ったことは、「今すぐクレジットカードを止 めなければ!」だった。スマートフォンでカード会社のサイトを検索して、紛失 した場合の連絡先を調べて、電話をかける。そんな、普段なら何でもないタスク がまったくうまくできず、気持ちは焦る一方である。ようやく電話番号は見つけ たものの、タップしても電話は掛かってくれない(スマホページではなかっ た)。電話番号をコピー&ペーストして掛けようとするが、なぜかペーストがで きない(操作ミス?)。10桁の電話番号が覚えられない(ペンさえ持っていな い)。苛立ちがピークに達しようとしたその時、スマホのOSが落ちた・・・。

最悪の体験とその時の心理状態がどんなものか、自分で経験してみなければ本当 には理解できない。そう強く確信できた冬の日であった。

スタイリッシュで方向がわかりにくいエレベーター(岡本 郁子氏)

(HCD-Net ニュースレター 2014年4月号 - Vol.94)

会社のビルのエレベーターが改装されて新しくなった。何やら、旧エレベーターと勝手が違うことに気がついた。以前は、エレベーターが来て、それが上下どちらに行くのかはすぐにわかった。一方、新型では、エレベーターの到着が近づくと壁面の一部分が点灯する。これだと、エレベーターが間もなく来ることは わかるが、それが上に行くのか下に行くのかの方向がわかりにくい。

以前と何が違うのだろう?しばしその場で眺めてみた。旧型では、上下のイ ンジケーターは、物理的に壁面から出ていて、点灯しなくても相対的に上下の方 向を判断しやすかった。一方、新型は、点灯しなければ、その部分がインジケーターであることがわからない。また、点灯した一部分のみからは、それが上下どちらを表しているのかを判断しにくい。これによりエレベーターを待つ人々は、 インジケーターが点灯すると、どの方向に行くのか確信がないまま、なんとなく 扉の前に集まっている様子であった。

エレベーターが新型に変わってほぼ1年が経った頃、インジケーター部分に上下を示す矢印が表記された。利用者の声が施設側に届いた結果によるものかどうかは定かではないが、エレベーターの扉の前で首をかしげずにすむようになった。

自分なりの利用状況の把握(中島 智輝氏)

(HCD-Net ニュースレター 2014年5月号 - Vol.95)

ユーザビリティ業界に入って15年、様々な分野での製品開発の支援を積んでき た。その中で大切に思うことは、対象製品のユーザーの利用状況を把握すること。それはISO9241-210でも定義されているように、人間中心設計のスタートで あるから。

以前はアンケートによって大規模、かつ短時間に利用状況を把握することが多 かった。最近では、ユーザーの行動観察という観点から、エスノグラフィック調査が注目されている。把握の仕方は対象製品によって様々ではあるが、ゴールを設定して、ユーザーの行動を観察すること。さらに、関連する基礎的な情報を取 得する。例えば、人物相関図を描いたり、ユーザーの1日の行動を調べたり、対 象製品との関わり方を購入前~購入~購入後までを追いかけたり…と、様々な手法がある。

実際の製品開発において、利用状況の把握はどこまで行われているのでしょうか?成熟製品では、対象ユーザーが定まっていることが多いので、あまり積極的ではないでしょう。一方、未成熟のものでは、ユーザー像も不明確のため、利用 状況を把握することは重要である。

仕事柄、他人が製品を操作する様は興味津々である。色々な製品で観察はでき るが、表示部を他人と共有しやすいもの、カーナビやBDレコーダ、PCの操作は 手っ取り早い製品である。このような経験を繰り返すことで、操作や思考を共有できるペルソナを持てることが重要でしょう。勘の良い開発者では、そのような ペルソナが頭の中に複数存在し、この製品を、あのペルソナが、このように操作 するだろうと予測できるから、UIやサービスの善し悪しが判断できるのではない でしょうか?

この会社にHCDを根付かせるなんて無理!(緒方 啓史氏)

(HCD-Net ニュースレター 2014年6月号 - Vol.96)

「この会社にHCDを根付かせるなんて無理!」と悪態をつきながら10年、ようやく薄明るい(?)展望が開けてきました。

当初は、現場調査やユーザテスト等の「技術の導入」でHCDが実現すると思っていましたが、――本当の課題はその先の「解決策の調整」にありました。

「使いにくい? なら、どうすりゃいい?」との問いにHCD担当者として改善策を提案すると、それは品質・コスト・納期が綱引している規定路線の開発計画に HCDという新しい力点を投じることになります。ここに至って、HCDに総論YES だったはずが、ことごとく各論NOに転じます。そのため、提案を通すために様々な部署と(必要ならフェーズゲートの判断について経営層とも)調整を図らねばなりません。

この調整マネジメントがHCDの本質だと考えています。多くの教科書が解説しているのは、ルーチン業務になった後のHCD手順なのですが、本当に欲しい知見 は、一部でもHCDを実施し、結果を説得材料として既定路線や空気感を徐々に変えていく方法論です。最近「リーンUX」に近いものを感じています。

以上、言葉足らずながら、冒頭の台詞に共感してくれる同志に向けて個人的な雑 感を記しました。既にHCD業務を確立した皆様にとっては「今さら」だと思いますが、アドバイスいただければ幸いです。


HCD-Netで人間中心設計を学ぶ

HCD-Net(人間中心設計推進機構)は、日本で唯一のHCDに特化した団体です。HCDに関する様々な知識や方法を適切に提供し、多くの人々が便利に快適に暮らせる社会づくりに貢献することを目指します。

HCDに関する教育活動として、講演会、セミナー、ワークショップの開催、 HCDやユーザビリティの学習に適した教科書・参考書の刊行などを行っています。