HCDコラム

  皆さんは、セミナーやワークショップを受けた後に、なんだかまだモヤモヤしたり腹落ちしなくて気持ちが悪かったりした経験はありませんか。

  私も、最近学びについてよく考えることがあります。幾多のセミナーや社員教育の現場で、教える側も教わる側も勘違いをしている可能性がもしかしたらあるのではないかということです。

  それは「教えれば分かる」「習えば分かる」というものなのかもしれない。また、社員教育の場では「同じことを教われば、全員が同時に分かる」という幻想でもある気がします。

  特に大学などのアカデミックな場よりも、より直近の収益性を求められる現場でのスキルの修得にはワークショップ形式の講座が花盛りであります。我がHCD-Netでも開いていますが。そこでは多くのモヤモヤが起こっているのではないかと思いました。

  学びとは「知識の理解」と「技術の修得」よりも「態度の涵養」が重要だという考え方があるそうです。態度と言っても、礼儀正しいとかというものでは無く、より深く見るとか何度も失敗を繰り返しながら修正するとかという意味です。そういう中で、私がとても納得感があったというか以前からの愛読書に、徒弟制による職能の修得過程を研究したジーン・レイブとエティエンヌ・ウェンガーによって書かれた「状況に埋め込まれた学習~正統的周辺参加:佐伯胖訳/産業図書」があります。

  ヴァイ族とゴラ族の仕立屋や断酒中のアルコール依存症者の徒弟制度など5つの事例によりその過程を研究したものです。

  その中で面白い事例があります、ユカタンの産婆の徒弟制度という話です。

  マヤ族の産婆はほとんどが母や祖母が産婆で、彼女たちは自分が産婆の徒弟だとは認められずに、たんなる成長過程の中で、産婆術の実践のエッセンスを多くの手続きの知識とともに吸収していきます。

  産婆は日中だけではなく夜中であろうとあらゆる時間に出かけなければならないこと、どんな種類の薬草が必要なのか知ったり、母が友人と難しいケースや奇跡的に成功した結果の話をしている横で聞いていたり。また、成長するにしたがって、使い走りをして必要な備品を買うためにかけずりまわる。母親が普段の市場での買い物の後で出産後検診に訪問するときに同行するかもしれない。

  やがて彼女自身も出産を経験し、そしていつの間にか他の女性の分娩を助ける側にまわっていきます。明らかに単なる知識と技術の修得ではありません。

  この場合に彼女は、日常生活の一形態として教える努力というものを一切受けずに、徒弟として産婆に必要なことを身につけていくわけです。

  こういう状態を、心理学のモーツアルトと呼ばれた旧ソビエト連邦の心理学者レフ・ヴィゴツキーは発達だと言っています。

  発達とは、ひとつひとつのスキルが組み合わさって、自分の中で「すっきり統合的に分かった状態」なのでしょう。幼児の発達段階を見て頂ければ分かると思いますが。特にひとつひとつのスキルを意識せずに統合的に修得していくでしょ。

  私たちもHCDやUXを学ぶ時に、ひとつひとつのスキルをバラバラに学ぶことにより、Aのことが分かる為にはBやCとの関連性が分からないといけないということに気づかずにモヤモヤとした状態になるのだと思います。なぜなら私たちはスキル学習を目指しているのではなく、発達を目指さなくてはならないからなのです。

  また発達するにはポイントやスピードに個人差があります。その為に、同じことを同時に習っても、その時点で今まで学んで来たことが統合され発達する人と、まだその段階では無い人がいます。

  学ぶということは、ひとつひとつのスキルを学習することが到達点ではなく、それらが統合された時に、全てが繋がって「すっきり統合的に分かった」状態を目指すことだと思います。これには、人によって発達段階に差があります。そういうつもりで学ぶと、モヤモヤしていること、失敗をすることが発達への道だということが分かってきます。

  東大の中原淳先生は一輪車に早く乗せるためには「転ばせないこと」ではないむしろ「転ばすこと」である。乗らないことにはうまくならない、だから「転ばせ方」をデザインすることである。というようなこと書いていましたが、まさに学びをデザインすることはそういうことだと分かってきます。

  もうひとつ付け加えるとすれば、単なるスキル学習では無く、その人の成熟段階を考慮して発達をデザインして下さる師匠を見つけることが重要かと思います。

 


HCD-Netで人間中心設計を学ぶ

HCD-Net(人間中心設計推進機構)は、日本で唯一のHCDに特化した団体です。HCDに関する様々な知識や方法を適切に提供し、多くの人々が便利に快適に暮らせる社会づくりに貢献することを目指します。

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