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この度(2018年6月)、人間中心設計推進機構(HCD-Net)の理事長に就任いたしました、篠原稔和と申します。
HCD-Netには、本団体が産声をあげた2005年より、評議委員としての参加を皮切りに、理事や副理事長を務めてきておりました。HCD-Netに参加したばかりの頃は、本領域のもつ専門性をより広い分野へと開拓していく、新しい領域からの新しいメンバーの1人として迎え入れていただいたのですが、今や団体へのコミットの長さといい、私自身の年齢といい、いつの間にかHCD-Netを支える側のベテラン世代になっています。
HCD-Netの歩み
そもそもHCD-Netは、本領域の重要性をかねてより強く深く理解し、さまざまなコミュニティや団体組織の中で地道な活動を続けておられた諸先輩方々の多大なる御努力によって、現在に至っています。当初は、各種の専門家コミュニティの小さな委員会であったり、興味を持つ学究者たちの集まりであったり、企業内においては品質部門やマニュアル部門の中で研鑽を積む方々が中心となって、その各種の団体や組織の垣根を超えて集結した「意欲と意志をもった同志たちの集まり」としてのスタートでした。
団体の理念としては「多くの人が便利に快適に暮らせる社会を目指して」を掲げ、その実際の活動の目的には、本領域を確固とした研究と実践の分野として確立することや産業界に役立つ領域であることをアピールすること、さまざまな産業界に一層の貢献を果たすこと、そして、その貢献を通じて理念を具現化していくこと、があったように思います。その上で、本分野に従来から関わってきた人たちや新たに興味を持つ人たちとの交流を図ることに加え、そこに集う人たちとの間でお互いの成果を確認し合い、互いにその成果を各々の現場で応用・発展させていく、そんな「場を創ること」に大切な時間が積み重なってきたように感じています。
かくいう私も、2000年代から急速に発展してきたインターネットサービスやソフトウェア開発の諸分野における「ユーザビリティ」や「情報デザイン」における専門性を、この団体の中で確認して発展させることを目標に置いておりました。そして、その後は、ソフトウェアを中核とした産業分野全般における「UCD(ユーザー中心デザイン)」や「インタラクション」、「UX(ユーザーエクスペリエンス)」といったテーマから「HCDとマネジメント」や「経営における本分野の重要性」を究めるための活動を続けて今日に至っています。
拡がるHCD価値
一方で、このHCD-Netが持つ価値は、さまざまな分野と専門領域へと拡がってきています。図1は、その組織や団体の中でのHCD価値の拡がりを表そうとしたものです。急激な「市場の変化」の中にあって、持続的な活動や事業を進めていくためには、もはや本領域の理解なくしては進むことができません。元来、「HCD(人間中心設計)」の思想・スキル・手法は、「ユーザビリティ」や「ユニバーサルデザイン」、「アクセシビリティ」といった従来からの研究領域を礎としながら、常に「人(利用者、ユーザー)」を起点として、その利用実態を的確に把握し、モノ作り・コト作りの中で関係者が共有できるように表現し、早期に課題の解決策やアイデアをプロトタイプやモックアップ等の具体的なモノ・コトに表現して評価を繰り返しながら具現化することを核とし、研究と実践を繰り返しながら発展してきました。そして、こういった思想を理解した上で、体系化された各種スキルを有し、適宜に最適な手法を駆使して実践できる人材こそを育ててきたとも言えるでしょう。
そのような中、各種企業や団体の部門を出自とした関連テーマである「UX(ユーザーエクスペリエンス)」、「リーンスタートアップ(特に顧客開発)」、「利用時品質」、「CX(カスタマーエクスペリエンス)」、「サービスデザイン」、「グロースハックやSPRINT」、「EX(エンプロイーエクスペリエンス)」、「デザイン思考」といった考え方の中には、常にHCDのコアが内包されています。また、そのすべての領域において、HCDを実践できる人材が強く求められているのです。同時に、企業や行政などの組織全体のあり方を問うスローガンとしての「顧客経験価値」、「価値共創(共創・協創)」、「サービスデザイン思考」、「利用者中心のサービス改革」、「デジタルトランスフォーメーション」、「ソーシャルデザイン」、「デザイン経営(Design-Driven Management)」、「デザインマネジメント」といった考え方の中核にも、HCDがあることにお気づきの方も多いに違いありません。
しかし、価値が拡がる中にあって、実際の個々の組織や団体の現状をみると、互いの専門テーマ領域での充分な交流が図られていない状態や、それぞれの価値の共通性が理解されずにまったく別の分野かの誤解が続いていることも多々みられます。そして何よりも、これらのテーマ領域に従事している方々が「HCD-Netの存在そのもの」やHCD-Netが推進する各テーマに通底する「人材育成のプログラム」等に気づかれていない現実とも数多く出会してきました。各分野においては、ますます急ピッチでの人材育成や大量の人材採用が求められてきている中、わたしたちが果たさねばならない役割もきっと重要な課題であるに違いありません。
これからのHCD-Net
団体としての歴史も干支を一周ほどの時がたち、今や約800名を数える会員規模、60社を越える賛助会員の数となりました。また、年間100回近くのイベントに3,000名を越える参加者が常に集う場にもなっています。そのことに加え、設立3年目(2008年)から開始したHCD専門家の認定制度(HCD専門家認定制度)も今年(2018年)で10年目を迎え、800名を越える専門家・スペシャリストたちを世に送り出すまでになりました(2018年9月現在)。このような規模と私たちの価値が一層求められる現在にあって、HCD-Netのこれからの活動そのものが、とても重要な局面に差し掛かってきたことを痛感します。
そこで、この機会に、私たちのミッションをしっかり確認し、その存在意義(レゾンデートル)を定めていく活動に着手を始めました。そもそもの団体の基盤には、本領域そのものが持つ「実践的な探求&研究マインド」自体が、企業や団体における現場で直接的に役立つことがあります。逆に言えば、本分野で実践していくためには、常に「研究する姿勢や気概」が求められるといっても過言ではありません。そして、その実践のターゲットとなる範囲も「ビジネスや行政」の諸分野から、昨今では地域を始めとしたさまざまな「社会貢献」のための活動にも役立つものへと直結しているのです。特に、2000年代以降に生まれた若い世代の皆さんが、この分野を学ぼうとする動機の一つに「社会の中で役立てられる分野であるから」といった理由をあげる声をよく耳にしています。
同時に、これまでHCD-Netが培ってきた実践に役立てられる存在を証明する「専門家・プロフェッショナルの資格認定」の諸活動は、その活動の存在自体が、大変に重要な位置を占めるようになってきています。同時に、その資格認定にも紐付く体系的なスキルセットや各種の手法などを学ぶための「初学者・専門家の基礎教育」の諸活動は、その価値が拡がり続ける中にあって、常に原点に立ち返って基礎を確認して固めていく存在でもあります。この2つの機能からの諸活動は、常に私たちを「オーセンティックな存在(本物として信頼できる存在)」として証明するための大事な活動基盤となっていることは自明の通りです。そして、激しい市場の変化に対して、常にあらたなテーマが生まれては発展する流れの中、新たな話題やトピックスを交わしあえる「プロのナレッジ共有の場」としての機能は、これまで私たちがあらたな仲間を迎えたり、新たな領域での活躍の場に繰り出したりしていく上で、常に重要なエンジンとなっていました。
こういった団体としての諸機能をしっかりと確認した上で、既存のさまざまな活動実態とあるべき姿を常に見直しながら、更なる発展に向けての議論と活動を重ねて参ります(図3は既存の活動とこれからを考えるための議論の途上のものです)。そして、拡がる期待に対してより一層の役割を担っていけるよう、理事や評議委員の方々を中心に、会員や賛助会員の皆さま、関連団体の皆さまとともに、しっかりと団体運営の責務を果たしていきたい、と決意しています。また、ひいては、この領域の価値や団体としての責任をしっかりと次の世代に引き継いでいくことこそが、私自身の重要な役割であることも認識する日々になっています。
どうか本機構の主旨や諸活動に対し、より一層のご理解と叱咤激励を賜りながら、より多くの皆さまに積極的にご参加いただくことを心よりお願い申し上げます。
2018年9月
特定非営利活動法人 人間中心設計推進機構
理事長 篠原 稔和